鑑真和上(がんじんわじょう)
幾度の航海の末、必死の思いで日本にたどり着き、
日本に戒律を伝えた鑑真。来日後は帰化僧となり、日本の律宗の開祖となりました。
仏教では新たに僧侶になるには「戒律」を順守することを誓わなければなりませんでした。
「戒」とは各自が自分の心に誓うこと、「律」とは僧侶同士が互いに誓う集団内での規則のことです。
また、師僧が仏門に入る者に戒律を与えることを「授戒」と言います。
日本では仏教が伝来した当初は自分で自分に授戒する「自誓授戒」が一般的でした。

しかし、奈良時代に入ると、僧侶は税制を免除されたことから、
重税に苦しむ農民がこぞって僧侶となり、「自誓授戒」をないがしろにする者が
増えてきました。
このような「にわか僧侶」たちは仏教を本気で学ぼうという意識もなく、
どんどん風紀が乱れていきました。
このような事態を時の天皇、聖武天皇は非常に嘆き、「授戒」ができる僧侶を探していました。
「授戒」を受けた者だけが公式な僧侶だと認めれば、税制も安定し、僧の質も安定すると考えたのです

しかし、国内には授戒ができる僧がいませんでした。
そこで、興福寺の僧侶であった栄叡と普照という二人の僧侶が
命を受けて渡唐し、戒律の僧として高名な鑑真の下を訪れました。
栄叡と普照の要望を聞き入れた鑑真は弟子に渡日したい者はいないかと問いました。
しかし、この当時の航海は死をも覚悟せねばなりませんでした。
また、この時の唐は国民の出国を禁じており、密出国者は死罪に処せられることもありました。
そんなことから弟子たちは、危険を冒してまで渡日したくはないという者ばかりでした。
そこで鑑真が自ら渡日することを決意したのです。

743年夏、鑑真は最初の渡航を計画しました。しかし、それを嫌った弟子が、「日本の僧は実は海賊だ」という偽の証言を港の役人に申し出ました。栄叡と普照は捕えられ、鑑真は出港を許されませんでした。

744年正月、2度目の挑戦で出港することは出来ましたが、
暴風にあい引き返さざるを得なくなりました。
同じく744年、3度目の出港を企てましたが、鑑真の渡日を阻止する者の密告により、
栄叡が逮捕されてしまい失敗に終わります。
鑑真は栄叡を助けるために奔走し「病死扱い」で栄叡を出獄させました。
さらに744年、4度目の挑戦は福州(台湾の対岸)から渡航しようと南下までしましたが、
再び鑑真の渡日を惜しむ弟子の密告により、鑑真は揚州まで強制送還されます。
この時栄叡と普照は逃亡することができ、南京以西の内陸部に潜伏します。

748年、監視の目をかいくぐり、栄叡が大明寺にいた鑑真を訪れて懇願し、
鑑真に5度目の挑戦を決意させます。
しかし、出港の末にまたしても暴風にあい、遥か南の海南島(中国の南、
ベトナムとフィリピンの間に浮かぶ島)まで流されます。

鑑真は漂着した海南島に1年滞在し、医薬の知識を伝えました。
そして751年、鑑真は揚州に戻るために海南島を発ちましたが、
その途上で栄叡が死去してしまいます。これに動揺した鑑真は天竺に向かおうとしましたが、
弟子に止められました。

また、この揚州までの帰路の途中で鑑真は、
南方の激しい気候と極度の疲労で両目を失明するという不幸に見舞われます。

752年、鑑真の下に遣唐使の藤原清河が訪れました。
鑑真は清河に必ず渡日すると言いましたが、鑑真の才能を惜しんだ玄宗皇帝が渡日を許可しませんでした。
そこで清河は帰国する遣唐使船に鑑真が同乗することを拒みました。
しかし、副使の大友古麻呂は密かに鑑真を乗船させました。

遣唐使船では大使と副使はリスク回避のため、別の船に乗ることとされていました。
この時、大使である藤原清河を乗せた船は暴風にあい、日本にたどり着くことはできませんでしたが、
鑑真を乗せた副使の大友古麻呂の船はなんとか日本にたどり着くことができました。

もし、大使の清河の乗った船に乗船していたらまたしても鑑真は渡日することはできませんでしたが、
やっと運に恵まれ、6回・約10年の挑戦を経て日本にたどり着くことができたのです。

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