和宗(わしゅう)総本山四天王寺  庚申堂初庚申敬讃 柴灯大護摩供
 荒陵山 四天王寺(あらはかさん(こうりょうざん) してんのうじ) 
日時     平成30年1月28日(日曜日)
         9:00集合(行者)
        14:00~柴灯大護摩供
場所     〒543-0056 大阪市天王寺区堀越町2-15
        四天王寺庚申堂(こうしんどう)(TEL : 06-6772-9420)
アクセス   地下鉄谷町線「四天王寺前夕陽ヶ丘駅」より徒歩5分
URL     http://www.shitennoji.or.jp
 
四天王寺の南門から南へ300mの庚申堂(こうしんどう)は、庶民信仰に支えられる浪花の名刹で、かつては四天王寺の境内の一部であったそうだ。「庚申」は道教の影響を受けた日本人の信仰のひとつで、三尸(さんし)という虫に由来している。人間の体内には3匹の虫が住みつき、その人の行動を監視している。そして庚申(かのえのさる)の夜、眠っている人の体から虫が抜け出して、その人の罪や過ちのいちいちを天帝に告げるという。そこから、庚申の日に眠らず「庚申待ち」という慣わしが生まれたとか。四天王寺・庚申堂は大宝元年(701)正月庚申の日に、毫範という僧侶の前に青面金剛童子が現れ庚申の法を伝授したと伝えられる。現在、60日に一度巡ってくる庚申の日には、境内にコンニャクの店が出ている。庚申のコンニャクを北向きで食べると頭痛が治るとの言い伝えがあり、大勢の参拝者で賑わう。
 
 和宗(わしゅう)とは
聖徳太子ご創建の当初(593)は、日本にはまだ宗派という概念がなく、四天王寺も●●宗というものが付いていませんでした。
奈良時代に、南都六宗と言われる聖徳太子仏教(法相宗・倶舎宗・三論宗・成実宗・華厳宗・律宗)が誕生した時には、四天王寺は六つのいずれにも属さずに、六つの宗派の別格本山として扱われていました。
平安時代には、空海の真言宗と最澄の天台宗が日本仏教の主力となり、空海や最澄が四天王寺に借住し修行されていたこともあり、長らくの間、真言宗と天台宗から掛け持ちで四天王寺の別当(今でいう執事長)を務めれらていたという歴史があります。ただ、空海が密教中心の教えであったのに対し、最澄の天台宗では聖徳太子と同じ法華経を重要視していたことや、最澄が聖徳太子を誰よりも師と崇拝していたこともあって、四天王寺は徐々に天台宗との関係を深くしていきました。戦前までは長らく天台宗に属していましたが、近年では日本の宗派の種類が増えていたこともあり、建立当初の基本に戻るべく、どの宗派の方でも四天王寺をご参詣いただける様にと願いを込めて1946年(昭和21年)に天台宗から独立し、十七條憲法の第一條「和を以って貴しとなす」の「和」をいただいて1949年(昭和24年)「和宗」となりました。
 
庚申(こうしん)とは
干支(えと)の57番目。かのえさる。2 「庚申待(こうしんまち)」の略。
もとは道教の守庚申より出た庚申 (かのえさる) の年または日の禁忌行事を伴う信仰。
庚申の夜には,人の体内にいる三尸 (さんし) の虫が,その体内を抜け出して天帝にその人の罪過を告げると信じられ,これを防ぐため道士たちは不眠の行を行なった。これが守庚申で,日本の民間信仰では庚申待,庚申講として伝えられている。
また庚申の夜には男女同床,婚姻を避けるならわしがあるが,これは庚申の神のたたりを恐れたためのものである。
 
参考;四天王寺 境内配置 地図
 
 ▲大峰山