大峰登山TOP 大峰山とは
大峰山(おおみねざん)
大峰山とは、山上ヶ岳、稲村岳、大普賢岳、弥山(みせん)、八経ヶ岳、釈迦ヶ岳、行者還岳などを含む大峰山系の山々の総称です。
一般的に修行の御山としての大峰山(おおみねざん)は山上ヶ岳(1719m)を示しています。
大峰山・山上ヶ岳は、1350年以前に、修験道の祖・役行者(えんのぎょうじゃ)が開いたといわれ、我が国修験道発祥の地であり、修験道修行の根本道場の御山であります。
故に大峰山は古来からの伝統的修験道の聖地と成っております。
大峰山は、修行により徳を積み、世の為人の為、ひいては「天下泰平」・「世界平和」を願っての修行であり、一般的な登山との違いがあります。
大峰山の修行は、一般参道・表の行場・裏の行場、頂上の大峰山寺をお参りさせて頂きます。
大峰山・山上ヶ岳は奈良県吉野郡天川村に在り、日本で唯一女人禁制の御山です。
大峰山の山頂には大峰山寺(奈良県吉野郡天川村大字洞川494)が在り、ご本尊は蔵王権現・不動明王・役行者神変大菩薩の三尊であります。
大峰山寺本堂は、わが国の高所最大の木造建築物で、国の重要文化財です。
大峰山寺は、5月3日に戸開け、9月23日を以て戸閉めとなります。

1936年   「吉野熊野国立公園」に指定
2004年   ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」として登録
大峰奥駆道(おおみねおくがけみち)
吉野山から大峰山系を経て熊野の熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)に至る約80kmの道を「大峰奥駈道」(おおみねおくがけみち)と言い、修験者の修行の道となっています。
大峰奥駆道が開かれたのは長久年間(1040〜1044)に修験者の義叡、長円により熊野から大峰へと開かれたと言われています。
伝統的な山伏は、この奥駆け全行程を、75箇所([靡]なびき)の行場を巡礼しながら2週間ほどで歩いたといわれます。
奥駆け修行の行場の第一番は熊野本宮にあって、熊野から辿るのを順峰といい、第75番の吉野神宮から辿るのを逆峰といいます。
その昔は天台宗系聖護院(本山派)は熊野から吉野への順峰、真言宗系醍醐寺三宝院(当山派)は吉野から熊野への逆峰のコースを主導していたが、現在では大峰の修験道は、当山派の修験本宗が復活したこともあって、大部分が逆峰によって行われている。

参照:大峰奥駆道マップ
大峰山護持院(おおみねざんごじいん)
大峰山を護持している御寺で、龍泉寺(洞川)・喜蔵院(吉野)・櫻本坊(吉野)・竹林院(吉野)・ 東南院(吉野)の五ヶ寺を称しています。
又、大峰山護持院は大峰山行者講社本部として、大峰山の山伏(行者)の得度・先達号授与等、修験道在家信徒の入門の許可等を行います。
大峰山l信徒会(おおみねざんしんとかい)
大峰山護持院に先達号及び袈裟法螺等の所持を許可された修験道行者(在家信徒)で構成される。
毎年5月28日には瀧谷不動尊、10月1日には吉野櫻本坊において柴灯大護摩供が櫻本坊院主大導師の元厳修される。
大峰山寺阪堺役講(おおみねさんじはんかいやっこう)
護持院、吉野区、洞川区、と共に大峰山寺の管理の役割を担うもので、
大峰山の戸開け・戸閉め祭柴燈大護摩供行事等の役割りを承る講である。
大阪四島の岩・三郷・光明・京橋と、堺四島の鳥毛・井筒・五流・両郷の、
八講をもって大峰山寺阪堺役講と称したものである。
女人大峰(にょにんおおみね)
山上ケ岳の西には稲村ケ岳(標高1725m)があります。
女人禁制の大峰山に対し、女人大峰と呼ばれているこの山は、昔から雨乞いの山として名高く、長い間女人の入山を閉ざしてきましたが、戦後になって解禁されました。
特に山頂の大日岳に祀られた大日如来は女性行者の信仰が篤く、普通の登山者だけでなく、信仰登山でもにぎわっています。
山頂付近は高山植物が豊富に見られ、特にシャクナゲの咲く季節は素晴らしい眺めとなります。
参照:稲村ヶ岳登山マップ /洞川マップ

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